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耐火物とは Vol. 4~熱膨張

耐火物の具備特性をVol. 2で4点挙げてそれぞれを簡単に説明した。本稿では耐火物が変形に至る熱的特性、ここでは熱膨張について説明する。

熱膨張という言葉はふだん耳にする言葉ではなく、知らない人の方が多い。でも、皆さんは身近に起こる熱膨張をすでに経験されている。一例として、図1に示すように台所で作業するとき熱いお湯をシンクにこぼすと「ボン!」と音が鳴る。結論からいうと100℃近いお湯がシンクに流れるときステンレスが温められて膨張した結果である。シンクに張られたステンレスは一定形状のため膨張する分(=膨張代)の余裕がない。音が出る仕組みは、膨張代の代わりに上下どちらかに反るときに音が出る。熱くなったシンクが冷えるときに反りかえったステンレスが元の形状に戻るときにも音が出る。シンクの音の起源は熱膨張であり、加熱と冷却を繰り返すときの熱膨張現象を理解することは重要である。熱膨張現象は耐火物に起こるさまざまな熱機械的損傷の要因を含んでいる。

図1

一般的に固体・液体・気体のすべての物質(一部を除き:“一部”について番外編で説明したい)は熱源からエネルギーを受け、自身の温度が上昇するとともに体積が大きくなる。膨らむ程度は一定ではなく、物質の種類、状態あるいは温度域によってさまざまに異なる。とくに温度域で変化することに注意しなければならない。図2は耐火物の原材料に多用される、アルミナ(酸化アルミニウム、Al2O3)に代表されるコランダムの結晶構造を示す。

図2

コランダムの結晶構造は青丸で示すアルミニウム原子(Al)と赤丸で示す酸素原子(O)がいくつものAl-O結合をつくって成り立っている。この結合は常温であっても振動し、一定の結合間距離を維持している。外部から熱エネルギーが加わることによって、Al-O結合の振動する度合いが大きくなる。振動が大きくなるとAl-O結合がわずかに伸長する。アルミナ全体の結晶構造にはAl-O結合が無数にある。微視的に一つのわずかな結合距離の伸長が累積し、結晶全体で大きな伸長となる。

熱膨張挙動をもう少し説明すると、図3はアルミナセラミックスの熱膨張測定結果を示す。横軸は25℃から1200℃まで昇温、縦軸は計測前のサンプル長(L0)を基準として各温度のサンプル長(L)を計測し、熱膨張率(Thermal Expansion, TE)として百分率で表した(式1)。

式1

図3

図3を見ると、熱を受けるとサンプルは徐々に膨張することがわかる。500℃付近から傾きがやや大きくなり、膨張率は線形に変化しない。1200℃でサンプルは約1%膨張した。1%の熱膨張率が意味するところ、1mサイズの材料が全体で1mm膨張する。これは非常に重要である。わずか1mmだが、耐火物(たとえば煉瓦)を積み上げて形作る炉を想像するとたいへんである。煉瓦ひとつずつが熱で1mm膨張し、いくつもの煉瓦で同時に起こる。炉全体が崩壊する可能性がある。もちろん10mmの熱膨張がないように設計されているものの、崩れないように膨張代として煉瓦の継ぎ目に膨張を吸収する役目の目地を設けている。それぐらい熱膨張を軽視することはできない。日常で目にするところでは鉄道の線路の継ぎ目に隙間があることも同じ理由である。

最後に、言葉の意味について議論して終わる。構造体の熱膨張は図4に示したように試料を加熱したときの伸長した割合を熱膨張率という。この場合、試料の長手方向に膨張した割合を計測しているため、とくに線熱膨張率という。熱膨張率の単位はパーセントだ。しかしながら、どのインターネットサイトをみても、熱膨張率と後述する熱膨張係数(Coefficient of Thermal Expansion, CTE)とを同義語に扱っている。これは大きな間違いだ。

図4

試料寸法LをT0からT1まで加熱したときの膨張寸法がL1であれば、図4の計算式で温度差ΔTの熱膨張係数αが求められる。熱膨張係数はある温度間の試料の膨張度合いを示し、決して熱膨張率ではない。図4の計算式から熱膨張係数αの単位は温度の逆数(K-1)で単位温度あたりの無次元数だ。熱膨張曲線は一定の変化で膨張しないことを図3が示していることから、熱膨張係数も時々刻々と変化する。これを知っておかなければ実際に使用する温度で正確な熱膨張を予測した設計ができない。使用温度での熱膨張係数を知ることが大切である。

熱膨張には図5に示す要因が3つある。まず、上述したような結晶構造に占める原子間距離の増長によるもの、つぎにシリカ(SiO2)やジルコニア(ZrO2)の加熱中の相転移によるもの、最後に化合物同士の反応で新たに別の化合物を生成することによるものがある。本稿で説明した原子間距離の増長は基本的理解を進めるうえで例に挙げたが、実際は相転移や反応生成物による熱膨張の影響も無視できない。熱膨張の理解はかなり奥深い。

図5

物質の熱膨張挙動は物質が構成する構造体を破壊したり、応力を発生させたり、熱的特性と機械的特性をリンクさせる根幹である言ってよい。熱膨張は後続の解説で説明する内容に徐々につながっていく。