耐火物とは 番外編2

鉄はもっぱら溶融状態で耐火物と接し、両者の関係は歴史的に長く深い。耐火物の説明を本格的にしていく前に、鉄の誕生や性質について番外編その2としてはなはだ簡単であるが触れておく。
図1は横軸に元素周期表の原子番号3~40までの典型金属と遷移金属に対し、各元素の融点(●)、第二軸(右側)に地殻に占める元素の割合を示すクラーク数(○)をそれぞれプロットしたものである。カルシウム(Ca)までの元素の融点は1500℃を超えないが、スカンジウム(Sc)以降の遷移金属の融点は1500℃を超えて急上昇する。今回の主役、鉄(Fe)の融点は1536℃である。また、同図に示す鉄までのクラーク数はアルミニウムの次ぐ大きさである。したがって、高融点金属で、かつ地殻に多く存在する金属は(緑の丸で囲った)鉄しかないことがわかる。
少々視点を変える。図1に紫色で示す範囲の金属は水素原子から始まる核融合反応で生成可能な元素を指している。核融合反応は質量の軽い原子核が超高温、高密度の状態で反応することで、別の重たい原子核を生成し、同時に光や熱のエネルギーをもつ粒子を発する(図2の出典:自然科学研究機構核融合科学研究所Web)。この核融合反応は生成する原子核がある質量に達すると、それ以上質量の大きな原子核を生み出すことができず反応が停止する。
その限界が鉄である。図3(出典:NIPPON STEEL MONTHLY 2004. 10)に示す曲線の極小値の元素が鉄を示す。鉄を中心に左側から下降する曲線を核融合反応で生み出される元素の質量、一方で右側から下降するのが核分裂反応で生み出される元素の質量をそれぞれ表す。ここで言いたいのは、核融合反応の最終形態は鉄である(鉄の原子核が安定するため)。
太陽のような恒星を例に説明してみると、恒星は水素やヘリウムを燃料としてそれらの核融合反応によって猛烈な光と熱を発散している。同時に恒星の中心に向かって鉄までの元素が層状に降り積もりながら核融合反応して中心部は鉄が生成している。このことから、恒星で鉄までの元素がとりわけ多く作られる。宇宙創生のビッグバンで飛び散った破片が集積して地球が誕生した。原始地球は高熱の球体であったようで、鉄は長い時間をかけて地球のコアへ沈み込み、一方で、地殻付近には他の元素と反応して化合物として留まった。地殻に存在する元素の割合を示すクラーク数の順番が酸素、ケイ素、アルミニウム、鉄と続くことも納得しやすい。ちなみに、鉄より重たい元素は核融合反応を終えた恒星が超新星爆発を起こして宇宙に散らばるときに作られる。「私たちの身体は星くずで出来ている」とは米国天文学者の故カール・セーガン(下写真)の言葉だ。
地球の中心核(コア)の成分が溶融様態の鉄であることはよく知られている。コアのイメージとしてはドロドロの状態を想像する方もおられると思う。これは正しいようで、純粋な鉄ではなく、ニッケルのほかにいくつかの元素を含んだ合金のようだ。溶鉱炉は高温で鉄鉱石を還元して鉄の単体を取り出すが、高純度の溶けた鉄はしゃばしゃばした状態である。業界用語で溶けた鉄を「湯」と呼び、熱いお湯で「溶湯」と言われる。溶鉄の粘り気を示す粘度は6.93 mPa s(M. Hirai, ISIJ, 78 (1992) 399-406.)で、ウスターソースや醤油ぐらい(10 mPa s前後、水は1 mPa s)と言えばイメージしやすい。普通のソースの粘度は2000 mPa s以上(出典:オリバーソースWeb https://oliversauce.shop/)。
人類が鉄を利用し始めたのは、紀元前1700年頃のヒッタイト帝国(アナトリア半島、現在のトルコ共和国)だと言われている。近年、ヒッタイトは技術を向上させて純度の高い鉄を精錬し、強靭な武器や戦車を作って一大帝国を繁栄させたようである。当時の精錬技術が完全な鉄単体をつくっていたとは思えないが、仮にSS400並みの鋼鉄(引張強度450 MPa)を生み出していたならば、青銅製の武具や農具を凌駕する発明だったと想像する。
鉄は人類がその資源に比較的アクセスしやすい金属で、かつ他の金属より高強度であったことが現在に至るまでの鉄の大繁栄となったと言ってよい。筆者は、鉄は地球が人類に贈り、人類の発展に役に立った最強の元素と感じる。これからも人類は鉄を有効に利活用していくであろう。