耐火物とは Vol. 5~残存熱膨張・熱収縮

前号で熱膨張について説明した。本稿は耐火物の熱膨張によって生じる変形あるいは破壊に至る性質のひとつ、ここでは残存熱膨張、残存熱収縮を説明する。いきなり、「残存熱膨張」や「残存熱収縮」という言葉が出てきて、ここで諦める方もおられるであろうが待った!わかりやすく説明を進めるので最後までお付き合いください。
30~40年前、著者は子供のころ、夜店等で買ったバネで遊んだ記憶がある。このバネはよく伸び、階段を勝手に下りることもできたと覚えている。図1はバネを手で引っ張ったときに起こる変化を示す。一方は、バネを引き伸ばした後で手を離すとそのまま元の寸法に戻る。他方は元の寸法に戻らない。調子に乗ってバネを伸ばし過ぎると元に戻らなかったこともあった。なぜ元に戻らないのか?この現象が耐火物の熱膨張を説明する簡単な例としてたいへん興味深く、本稿のポイントとなる。
伸ばしたバネが元に戻る現象を弾性変形、戻らない現象を塑性変形という。弾性変形は外力によって変形させられた状態であっても、外力を開放すると元の形状や寸法に戻る。一方で、塑性変形は元に戻らない。伸ばし過ぎたバネは、ねじれが伸びきった状態に変化し、らせん状のねじれた元の状態に戻らなくなることを体験した方もおられるであろう。元の寸法に「戻る」か「戻らない」か、つまり弾性変形できる領域を超えると塑性変形へ転移する境界がある(これらは別稿で説明を予定する)。
図1
図2は、あるセラミックス材料の熱膨張率測定の結果を示す。加熱を示す曲線に沿って試料Aが徐々に加熱されたときに寸法変化を計測する。最高温度Bに到達すると、試料を徐々に冷却しながら寸法変化を計測する。原寸に対して各温度での寸法変化から熱膨張率を算出し図が完成している。1500 K(だいたい1200℃)を超えると熱膨張率が急激に増加した。冷却過程に計測される熱膨張曲線は加熱過程のそれと一致せず、計測の最初と最後が一致しないヒステリシス類似のギャップが生じたことがわかる。室温まで冷却した試料Cの熱膨張率はaで示すようにおよそ0.7%であり、計測前A→最高温度B→冷却後Cの熱を受けたこと(熱履歴という)によって膨張したことがわかる。つまるところ、ある試料を加熱して冷却すると原寸より膨らんだ、このことを残存膨張(耐火物業界ではさまざまな用語が使われたが、現在は残存寸法変化率に統一されている。本稿では便宜上、残存熱膨張)という。とりわけ、図2の挿入図にあるように、熱膨張測定に供する試料の形状は直方体であり、寸法変化を長手方向の両端で計測する。そのため、A→B→Cの熱履歴による残存線熱膨張という。
図2
図2のAとCの縦軸の差が残存線膨張率を表すことを説明した。これ以外にもこの図から考察することができる。まず、加熱過程の曲線が1500 Kあたりを境に急増すること。これは加熱中の試料に、組成の組み換え、構造緩和、反応などが起きたことが予想される。弾性変形と塑性変形について上述したが、A→Cの熱履歴によってこの材料は元に戻らない塑性変形が生じたと言える。
冷却過程の曲線は加熱過程のそれに比べてギャップ(ヒステリシス類似)が生まれた。それを証明するために、C地点から再度、2回目の加熱による熱膨張率を計測した。図3に再加熱過程を含めた熱膨張測定の結果を示す。Cから加熱を再開すると、B→Cの冷却曲線に沿って熱膨張が生じた。急激な熱膨張は起こらないと考えられる。C→D過程で塑性変形が生じていないことが想像できる。ただし、1500 Kあたりからやや曲線が増加傾向にあることが予測できそうである。
図3
図の説明を加えるにあたり少々各論に踏み込んだが、熱膨張率の評価は加熱過程だけでなく冷却過程を含めることができるだけでなく、2回目以降の再加熱や冷却も実施することで熱履歴による材料信頼性を有効に評価できる。
最後に、話を残存線膨張率に戻す。AとCの熱膨張率の差が0.7%であり、この材料の長さが1 mであれば、1回の熱履歴で7 mm伸びることを意味する。実際にはこのような数値をもつ耐火物はないが、目地を設けて膨張代を加味して使用される耐火物には厳しい数字である。耐火物は単独で使用されることはないため、ひとつの煉瓦や鋳込み区画には必ず隣接する構造物が存在する。双方に等しい熱膨張が生じれば、その間隙には圧縮応力が発生する。引いては構造全体で巨大な熱応力が発生する原因となる。耐火物、セラミックス材料など構造体を操業にもちいるための材料評価で残存線膨張率は注意すべき項目である。